第47回九州芸術祭文学賞を受賞して  尾形牛馬

受賞の喜びを語る尾形さん

妻の死、大地震、そして受賞

その日の夕方、朝からかたくなに沈黙を続けていた家の電話のベルが鳴った。「おめでとうございます。九州芸術祭文学賞の最優秀賞に決まりました」。打率2割2分の野球選手がまぐれでホームランを打ったようなものである。家の中を走り回りたいほどうれしかった。しかし私は精いっぱい落ち着いたふりをして答えた。「はい、分かりました。ありがとうございます」。大根役者の見え見えの下手な演技。見破られていたに違いない。
思えば、この小説ができ上がるまでの間に二つの大きな出来事があった。一つは苦楽を共にしてきた妻の死、もう一つは地元熊本の大地震である。
妻は健康で元気な頃、こう言っていた。
「私はね。死そのものはそんなに怖くはなかとだけど、その先にある永遠という時間を考えると、身の毛がよだつほど恐ろしかとよ」
私もこう言った。
「オレもそうだよ。死後の永遠という時間を考えると、恐ろしくて身震いがするとだよ」
その妻が進行性のがんにかかって、一昨年の末、身の毛がよだつ程恐ろしい、永遠という時間の中に旅立ってしまった。
もう一つは大地震である。4月14日の夜9時過ぎ、震源地、熊本県益城町近辺にある私の家はガタガタミシミシ、縦に横にと揺れ、命の危険を感じた私は、家を飛び出して避難所になっているH中学校の方向に向かって逃げた。逃げる途中も道路が揺れるので、ゆらゆら揺れながら逃げた。地面も人も電柱も空も揺れていた。
H中学校の運動場には100人を超える人たちが避難していて、大きな揺れがくる度に、地面の底からわいてくるような、異様な人の悲鳴が上がった。灯のない真っ暗な夜の闇。きらきら光っている満天の星。恐怖におびえるわれら人間。非情にも大地の揺れは止まらなかった。
日付が16日になったばかりの深夜、揺れが止まってほっとしているところに、もう一つもっとでかいのが襲った。
私の小説はこんな出来事を経てでき上がった。
ところで、私は酒を飲み出すと止まらないアルコール依存症者である。依存症満開の頃、暴言、暴力、事故、事件、人様にはとても口にできないようなことを次から次へとやらかしてきた。16年前、2度目の精神科病院への入退院後、別居していた妻のアパートで生活を始め、酒を飲む代わりに小説を書き始めた。
自分には才能がないのは分かっているので、どんな下手な小説でも良いから一つだけでも書き上げたい。登場人物がいて、筋があって、せりふがあって、始めと終わりがあって、あまり誤字のないものを。書き終えたら、その原稿用紙を重ねて、手で感触を確かめたり、近くから見たり、遠くから眺めたりしてみたい。そんな気持ちであった。
以来16年、酒を飲まずに下手な小説を書き続けている。
そんな自分が賞をもらうなんて夢のようだ。

おがた・ぎゅうま 1942年熊本市生まれ。早稲田大卒。同大在学中に同人誌「新人文学」同人。同市内の高校で英語教諭として勤務。アルコール依存症を患い、精神科病院に2度入院した。2007年、依存症の体験を基にした小説集「窓の葉書」を自費出版した。同市東区在住。写真は11日、北九州市であった授賞式で。

◇受賞作「酒のかなたへ」は発売中の文学界4月号に掲載されている。